回転る賢者のシュライブヴァーレ 第1巻 星屑七号



星屑七号氏著の、希望と絶望の文具精霊バトル、「回転る賢者のシュライブヴァーレ」 の第1巻です。
掲載誌は 「月刊ビッグガンガン」。


【収録話】

第1筆 : 「なら そのペンを回転しなさい」第4筆 : 「その無様な姿のまま私の靴をお舐めなさい?」
第2筆 : 「あたしはこの図書室の主」第5筆 : 「女王の颶風刺突」
第3筆 : 「私 狙われているの」第6筆 : 「サヨウナラマスター」



 simultaneously with the success and the wonderful miracle, she was promised hopeless loneliness and cruel death.


彼女には、成功と素晴らしい奇跡が齎され ―――― 同時に絶望的な孤独と、残酷な死が約束された



 spoiler warning (ネタバレ注意) 


“賢者” とは、一般的には賢い人、著名な思想家、占星術の学者 (Magus) を表す言葉として使われていますが、作中では
「夢や理想を持った才能ある人間」 を “賢者” と定義しているようです。そして “シュライブヴァーレ (Schreibware)” とは、
“文具” を意味するドイツ語で、古来より賢者が使い続けた文具には 「魂」 が宿り、所有者に幸運を与えると言われています。


命を懸けてでも叶えたい 「夢」 があるからこそ人は勉学に励み、刻苦勉励の果てに 「魂」 が宿った文具は神器へと昇華する 。
その “神器” こそが、 「賢者のシュライブヴァーレ」 。


才能ある人間しか選ばれないという 「賢者のシュライブヴァーレ」 所有者の中でも、特に優秀な人間 “ギフテッド (gifted)”
が扱う文具には、「魂」 と共に 「人格」 が備わり、“アイゼンブルーメ (Eisen Blume) ” と呼ばれる精霊が宿ると言われる。


アイゼンブルーメは、ギフテッドと 「契約」 する事で現世に顕現し、シュライブヴァーレ所有者に 「成功」 と 「奇跡」 を齎す存在。
それと同時に、契約者には 「絶望的な孤独」 と 「残酷な死」 が約束される ――



ということで、ほんわかした見た目と、「精霊さんと一緒に夢を叶える物語」 というメルヘンチックな内容とは裏腹に、なかなか
ハードな設定のバトル漫画になってます。


主人公は、何の取り柄も無く、夢や希望も抱くことが出来ず、ただただ平凡に、目立たないように生きていくことしか出来ない、
不器用な少女、一之瀬七梨。七梨は自分を卑下する性格でしたが、唯一つ人に自慢出来る特技だった 「ペン回し」の才能で、
ペンを 「賢者のシュライブヴァーレ」 まで昇華させ、アイゼンブルーメ第参階級 「品格と優美のカトレア」 を召喚したギフテッド。


見た目も特技も、主人公と呼ぶには地味な七梨ゆえに、単行本のカバーを外すと私様に主役の座を奪われていますが (笑)、
困っている人を見過せず、助けを求めている人に手を差し伸べ、道を間違っている友人には、それを正してあげられる。


そんな 『強い人間になりたい』 という大きな “夢” と、類まれなる才能によってアイゼンブルーメを召喚し、夢を叶えるための
“力” を得るに至りました。


『私は、困っている人、助けを求めている人の力になってあげられる、強い人間になりたいんです!』



七梨は本来、「残酷な死」 と向き合えるような強い人間ではありませんでしたが、「愚者のシュライブヴァーレ」 を生み出して
しまった沢渡を助けたい一心で、自らの “殻” を破ることに成功しました。これは、七梨の願いの根源が、“自分のため” では
なく、“他人のため” というところにも起因しているんでしょう。


自分の事よりも他人を優先に考えてしまう自己犠牲が強い性格は、七梨の美徳でもありますが、同時に私様が危惧する
「甘さ」 でもあります。欲望渦巻く精霊バトルに身を投じるには優しすぎるその性格は、これからも七梨を深く傷つけ、いずれ
七梨の身を滅ぼす結果を招くものかもしれない。


それでも決して自らの尊厳を失わず、夢に向かって進むべき道を見失わず、信念を貫き通す強い意志を持ち続けていれば、
やがて七梨の紡いだ夢が、未来を切り開く希望となるかもしれません。私様と契約したばかりの今の七梨は、とても “成功”
を収めているようには見えませんが、ささやかながらとても大きな願いは、少しずつ叶えられているとも言えるんでしょう。


しかし、そんな七梨を待ち受けるのは、欲深い天才達による醜悪な文具の奪い合い。


契約者に 「絶望的な孤独」 と 「残酷な死」 を約束するのが、アイゼンブルーメとの契約による因果などではなく、ギフテッド
同士の醜い争いから逃れることは出来ないというメタファーなのだとしたら、最終的に戦いの “勝者” となることで、運命を
変えることが可能なのでしょうか。それともこの世に 「天才」 が現れ続ける限り、誰も “勝者” になどなり得ることはないのか。



七梨のペンに宿ったアイゼンブルーメは 「品格と優美のカトレア」。精霊界のヒエラルキーでは頂点に立つ、「第参階級」 の
“鉄の花 (Eisen Blume)”。なぜ文具の精霊がこう呼ばれているのかは、今のところ不明。


ただ、私様の 「カトレア (Cattleya)」 も、宇佐美舞衣のアイゼンブルーメ 「アルメリア (armeria)」 も、花の名前が付けられて
いるので、“Blume” の部分は何となくわかるんですけど、文具を便宜上 “Eisen” と表現してる…ってことなんでしょうか。


私様 (カトレア) は、「品格と優美」 の名を冠する通り、気品に溢れ、誇り高き精神を持った精霊。ちなみに左利きのようです。
私様が使う必殺技の名前には、攻撃系の 「女王の颶風刺突 −エピレリオカトレヤ− (Epilaeliocattleya)」 や、防御系の
「女王の偽鱗 −ディアレリオカトレヤ− (Dialaeliocattleya)」 など、カトレア類の属名が付けられています。


この法則で行くと、他にも 「ブラッソレリオカトレヤ (Brassolaeliocattleya)」 や、「ソフロレリオカトレヤ (Sophrolaeliocattleya)」
なんて名前の技があるかもしれませんね。



そして、七梨が所属することになった 「探偵部」 の部員で、最近まで開かずの部屋だった “第三図書室” の主、「パンダさん」。
クラスが1年C組ということ以外は謎に包まれており、10年以上前に探偵部に在籍していた、“天才少年探偵” の幻想を追い、
第三図書室の扉と共に、心を閉ざしてしまったパンダの着ぐるみ少女。


パンダが中学一年 (12歳〜13歳) ならば、10年以上前に存在していたという 「探偵部」 を直接見ているとは思えませんし、
“天才少年探偵” と面識があったとも思えないのですが、そうすると、パンダが回想していた探偵が手を差し伸べるシーンや、
『動き出すのを待っている』 探偵部とは、一体何なのか。ギフテッドだったという探偵とパンダには、どんな繋がりがあるのか。


『でも…だからって、何もできないからって、何もしないっていうのは……それでは駄目なんです!』


かつての天才探偵と同じ夢を語った七梨によって、再び探偵部は動き始めました。しかし、「才能の奪い合い」 に巻き込まれて
『全てを失った』 と言われる先任者と同じ道を選んで、七梨は繰り返される運命の輪を、断ち切ることが出来るんでしょうか。



七梨が立ち上げた 「探偵部」 の最初の依頼人は、今をときめく天才女優・宇佐美舞衣。彼女の出演作品では、才能を持った
役者が次々に降板し、代役に抜擢された舞衣が常に脚光を浴びることから、付けられた異名は 「代役の女王」。


しかしその幸運は、“女優” としての演技力を使って同じギフテッドを欺き、「賢者のシュライブヴァーレ」 を奪い取ってきた結果。
そんな舞衣の本質は、契約の代償として齎された “孤独” に耐え切れず、愛されるために “勝者” となることで自分の存在を
周囲に認めてもらおうと、運命に抗い続けている悲しきギフテッド。


「女優」 としてではなく、「対等な友達」 として見てくれる相手を求めていた筈なのに、裏切りにあった過去の傷が癒えず、
純粋に友達として接してくれようとした七梨の夢を見下し、自ら 「対等」 な立場を放棄してしまった舞衣には、明日の無い
「絶望的な孤独」 が待っているだけでした。



七梨が舞衣にしたことは、ただ 「友人」 として間違いに気づかせてあげること。舞衣が望んでいた 「対等な友達」 の関係は、
自分と相手の心が認め合って、初めて生まれるものだということ。相手を見下したり、相手から何かを奪うという行為からは、
決して 「対等な関係」 は生まれない。でも、たったそれだけのことにも気づけないほど、世界は舞衣に残酷だったのでしょう。


『友達っていうのは…きっと…そういうものなんですよ…』


舞衣のアイゼンブルーメ、第壱階級 「期待と歓待のアルメリア」 は、舞衣の一番の理解者だからこそ、マスターの間違いを
正してあげられる唯一の存在でもあった筈なのですが、その高すぎる忠誠心が故に、「主従」 の関係を超えて 「対等」 な
立場の友人にはなりきれませんでした。結果的に、それがどれだけ自分を傷つけることになるかを知りながら。


『マスターはもう一人じゃない…。だから…大丈夫…だよね…』


しかし、七梨が起こした“奇跡” によって、舞衣とアルメリアの 「明日」 が作られ、二人はこれからも一緒に居られる 「未来」 を
手に入れた筈でした。しかし、そこに現れた二つの影によって、悲劇は繰り返される。これが、奇跡の代償として契約者に約束
された運命なのだとしたら ―― それは何と無慈悲で残酷なものなのか。



ということで、 「賢者のシュライブヴァーレ」 第1巻、読了しました。著者の星屑七号さんは、この漫画で初めて名前を知った方
です。正直なことを言うと、それほど絵が上手いという印象ではありませんが、独特な世界観があって、魅力的には感じます。
特に、「品格と優美の私様」 は、デザインも含めて一家に一人欲しいくらいの可愛さです。


内容的には、日本的に考えると 「付喪神 (つくもがみ)」 のバトルもの、といった感じになるのかな?自分の知っている漫画だと
「つぐもも」 あたりがバトル漫画だし近そうですが、「つぐもも」 は純和風でエロにも力が入ったコメディといった感じの漫画です。


「シュライブヴァーレ」 の場合は、精霊をドイツ語で表現して、デザインを西洋風 (?) にするなど、ファンタジーっぽさが強く
なっていますし、設定がかなりダークですね。七梨が 「強い人間」 になるために、人を助ける “夢” を叶えるほど、契約者の
宿命で周囲の人を傷つける事態が起こるジレンマ。パンダが傷つき、舞衣も傷つき、七梨を 「絶望的な孤独」 へと導いていく。



主人公の七梨は、地味だしパッツンだし、最初はどんなものかと思いましたが、どっちが主人だかわからない私様とのコンビは
面白いですし、所々でいいこと言うのでなかなか侮れないです。あとがきの笑顔は、素直に可愛いと思いました。


舞衣との戦いが終わった時は、意外と救いのあるストーリーなのかと思いましたが、然にあらず。七梨の起こした奇跡を
無に帰してしまう展開は、これから先に起こる更なる悲劇を予感させます。



この先七梨を待ち受けているのは、「希望」 か、それとも 「絶望」 か。七梨とカトレアは、この戦いの果てに何を見るのか。


願わくは、たとえ七梨の未来が絶望に彩られることになっても ―― 最期の瞬間を笑顔で迎えられますように



―― 回転る賢者のシュライブヴァーレ 第1巻 (了)




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