探査機はやぶささん オレンジゼリー著



2010年6月、小惑星イトカワからサンプルを持ち帰り、その役目を終えた小惑星探査機 MUSES-C 「はやぶさ」。
2500日余りにわたる宇宙航海を、様々な障害を乗り越えて達成した "彼女" の生涯を追った、ドラマ仕立ての入門書です。


著者はオレンジゼリー氏、監修はJAXA(宇宙航空研究開発機構)の細田聡史氏。



あの日、彼女を一緒に見守っていた世界中のみなさんに。 (前文)



最初に言ってしまうと、自分は "ニワカ" ですらありません。この本が出なければ、興味すら持てなかったかもしれません。


それでも、こんな自分さえ興味を持って手に取り、最後まで読めるという本書の間口の広さは、新たな支援者・理解者の
獲得に、今後大いに役立つ可能性を持っているのではないかと思います。


昨今は、様々な映像や文章で 「宇宙」 に触れる機会も多く、今や日本の宇宙飛行士が宇宙に行くことも珍しくなくなりました。


とはいえ、やはり一般的には現実的に捉えるのが難しい "未知" の世界。専門分野という認識も強く、文章だけの解説本を
手に取ることには躊躇してしまいがちですが、探査機を萌えキャラに擬人化して、さらに漫画という形態を取ることで、敷居を
下げることに成功しています。


そして、登場人物を最小限に抑えたことで、より物語に集中し易い環境になっていると思います。ただ、本来は実在の人物に
迷惑をかけないようにとの配慮もあり、JAXA相模原管制センターのスタッフを、概念的に一人のキャラクターとして擬人化し、
アイドルマスターの事務員・音無小鳥の姿を借りて、登場させたという経緯があったようです。



漫画とは言いましたが、本書は基本的に4コマ漫画と、補足説明によって構成され、さらに 「はやぶさプロジェクト」 で
イオンエンジンの運用に携わったという、細田聡史氏 (JAXA) による補足とインタビューが、随所に盛り込まれる形式です。


そして、「はやぶさ」 の物語としてだけではなく、日本の宇宙開発の黎明期から現在、未来に至るまでを辿ることによって、
今回のプロジェクトが決して一朝一夕で成し遂げられたものではないことと、このプロジェクトの終着点がここではないことも、
同時に印象付けられました。


絵柄は可愛いですし、台詞も丁寧に考えられているのがわかりますし、初心者にも内容はとても分かり易く描かれています。
演出としては、エンジンが復帰して (のぞみさんとハイタッチして) から、大気圏に再突入するまで、はやぶささんの表情を
一切見せなかったのが、上手いなぁと思いました。これによって、最後の 「ただいまあっ!」 の笑顔が、より際立ちました。



「はやぶさの物語」 は、常に多くの障害と困難に見舞われます。それは当然、舞台が "宇宙" という専門家にすら何が起こるか
想像が難しい場所であることが、第一に挙げられます。宇宙空間を "想定" したテストは出来ても、実際の宇宙でテストをする
ことは叶いません。まして、今回はやぶさが向かった場所まで行ったことのある人間など、ただの一人も居ないのですから。


それでも、あらゆる障害を想定し、あらゆる困難を想定し、どんな状況に陥っても諦めない心を持って、悲嘆に暮れることなく、
常に前を向いて進んでいれば、必ず未来は開けるものなのだということを、はやぶさとスタッフ達は教えてくれています。


逆境は成長の最大のチャンスでもあります。順風満帆な日常に、人が成長するチャンスはなかなか巡ってこないと思います。
逆境に不慣れな人は、困難に出会うとすぐに挫折してしまいがちですが、だからこそ 「失敗を恐れるな」 と言われるのでしょう。
失敗するということは、成功するために高い壁にチャレンジした証でもあります。


確実に上れる低い壁ばかり越えていたところで、失敗などする筈もありません。安全な場所で成り行きだけを見守っていても、
本当の危険など知る由もありません。だからこそ、不可能と思われることに挑戦し、誰もやったことの無いことを成し遂げた時、
それは高く評価されることになるのです。そして今回、はやぶさとスタッフ達は、それを成し遂げました。素晴らしい偉業です。


以下は、本書の台詞や文章から抜粋しています。



『お金がない分は、人がカバーできる』 ( P.020 「宇宙の洗礼」 より )


確かにそうです。無い袖は振れません。だからあるものでやるしかない。そして人は知恵という最大の武器を持っています。


『 「できるの?」 じゃないの、「やる」 の!』 ( P.030 「まだまだ!」 より )


慎重なのも結構ですが、時には大胆に。疑問を持つことは大切ですが、行動を起こすことはもっと大切だと思います。


『取り乱すな。我々はなんだ?ここはどこだ? 〜 ならば、失敗を次へ生かせるということだ』 ( P.033 「離れて見える君」 より )


『民生品の私がまだ動けている。これだって実績だ。私は無駄ではなかった』 ( P.034 「その笑顔を胸に」 より )


「失敗は成功の元」 などと言いますが、失敗しただけでは意味はありません。失敗した時に、いかに "次" を考えられるか。
失敗しても決して取り乱さず、自分の立場を把握して、何故失敗したのかを理解して、そしてどうすれば成功するかを考える。


そうやって成功した時になって初めて、「失敗は成功の元」 だと言えるのではないでしょうか。
失敗して、何もせずに諦めてしまったなら、それは単なる挫折です。もちろん状況によることも承知の上ですが。



『要はアレでしょ。私たちが成果出せばいいんでしょ』 ( P.066 「流れを作りたい」 より )


成果主義が悪いとは言いません。特に宇宙開発なんて金のかかるものに対し、大した成果も無しに投資し続けるのは非常に
難しいことだと理解しています。厳しい現実ですが、夢とロマンに金を出せるほど、我が国は豊かでは無い状況でしょう。


だからこそ、その成果を最大限に出したはやぶさには、成果に見合うだけの投資をして欲しいとも思ってしまうのです。


『でも、ほんとどこに突破口があるかわからないよね』 ( P.070 「ふと気づけば」 より )


可能性は無限では無くても、必ずいくつかある筈です。そしてより多くの可能性を見つけられる人だけが、常に前に進む
ことが出来る人なのではないかと思います。


頑張るだけでは周りは分かってくれません。「知ってもらう」 ということも重要です ( P.072 「知ってもらうために」 より )


「頑張った」 だけでは単なる自己満足にしかなりません。頑張った結果を人に伝えて、初めて評価されるのです。それが
良い評価なのか、悪い評価なのかは、別問題ではありますが、知ってもらえなければ評価すらされずにそこで終わりです。


『私も……帰りたいだけだから』 ( P.091 「そうまでして」 より )


ただ 「帰りたい」 だけ。たったそれだけのことが絶望的に感じてしまうほど、宇宙とは遠くて果てしない存在なんですね。



『この体には、これまでの命がつまってる。そして、それをつなぎたい』


『だから止まってなんていられない。だから私はすっごく……生きていたい』 ( P.092 「いのち」 より )


生きるために "命" をつなぎたいという言葉には、非常に深く考えさせられるものがあります。はやぶさのつないだ "命" も、
やがて 「子」 や 「孫」 へとつながれていく。"命" というのは、"宇宙" と同じくらいに悠久の時を感じさせるものです。


『あなたたちも、生きて! ( P.099 「そして遠ざかるあなたたちへ」 より )


最後まで "生きていた" からこそ、"命" をつないだからこそ、後進に贈れるメッセージ。自分はやり遂げたと自負することが
出来なければ、決して言えない言葉。今際の際に、こんな言葉を自信を持って言える人生でありたいと思う。


『はは……やったぁ……』 ( P.105 「玄関をノック」 より )


みんな、ただいまあっ! ( P.106、P.107 「あなたはどんどん輝いて」 より )


二度と帰れないかもしれない状況を幾度となく経験し、それでも諦めずにいたから、ここまでたどり着くことが出来た。
長く続いた旅の終着点は、自分が生まれた故郷。そしてこれから眠りにつく、青く輝く美しい星 ――


二人で出かけた旅も、帰路はずっと一人だった。でも今は、たくさんの人々に見守られながら、その旅を終えようとしている。
そんな人々に、帰還と別離の想いを込めて、「ただいま」 と言えるのは、とても幸せなことに違いありません。



「目的地に行って帰ってくる」…… 言葉にすればただそれだけのことなのに、数々の困難を極め、斯くも壮大な
「おつかい」 をやり遂げた探査機 「はやぶさ」 と、やり遂げさせたスタッフ一同の皆様に、最大限のリスペクトを。


そして願わくば、のぞみさん達から受け継がれ、はやぶささんのつないだ "命" が、次の世代に受け継がれますように。



最後に ―― はやぶささんにかけるべき言葉は、たぶんこれが一番相応しいんでしょう。



『おかえり』



―― 探査機はやぶささん (了)




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