THE iDOLM@STER 第二十話 「約束」



アイドル育成シミュレーション 「THE iDOLM@STER」 のTVアニメ第二十話。
これは、自らの心を鳥籠に閉じ込めてしまった蒼い鳥が、辛い過去を乗り越えて大空へと羽ばたく物語 ――




黒井社長の奸策によって過去の傷をゴシップ誌に暴かれ、精神的に追い込まれた結果、歌声を失ってしまった千早。
しかし、『歌は私の全て』 だと言い切る千早にとって、歌が歌えなくなるということは全てを失くしてしまうことと同義であり、
自らの存在理由をも見出せなくなってしまうことに他なりません。


千早にとってそれほど大切な "歌" とは、幼い頃に失ってしまった弟、ゆうと千早を一番強く繋いでくれた "絆" でした。


千早は、自分の歌でゆうを笑顔にしてあげられることが何よりも嬉しくて、歌を歌う時は自然と自分も笑顔になり、ゆうも
千早が笑顔で歌う姿が大好きでした。しかし今の千早は、心から楽しそうな笑顔で歌を歌う姿を見せたことがありません。



なぜなら、笑顔を向けて歌うべき相手が、もうこの世には居なくなってしまったから。さらに、両親の離婚によって最終的に
"家族" も失って一人になってしまった (と感じている) 千早にとって、ゆうとの絆であった "歌" だけが心の拠り所であり、
だからこそ 「歌が全て」 だとの思いに駆られているのかもしれません。


ゆうの事故を目の前で目撃した千早は、それを全て 「自分の責任」 だと受け止めてしまいました。そして千早にとって、
"歌" と "ゆう" が強く結びついているからこそ、事故の 「責任」 をゴシップによって強制的に自覚させられたことで、
歌を歌おうとすればするほど、事故の光景がフラッシュバックしてしまい、声を出すことが出来なくなってしまったんでしょう。



春香が最初に千早のマンションを訪れた時には、確かに千早とゆうのことを 『何も知らない』 状態でした。
春香の言葉が千早に届かなかったのは、そのせいもあったのかもしれません。


しかし千種に会って、"ゆうの想い" を受け取ったことで、春香は今の千早に本当に必要なものが理解出来た。
千早は、今でもゆうのために歌を歌い続けていて、そしてスケッチブックの中のゆうも、千早の歌を聞きたがっていた。


でもそれは、事故の責任を感じてストイックに歌い続ける今の千早の歌ではなく、笑顔で歌うお姉ちゃんの歌。
ならば今の千早に必要なのは、千早がゆうのために笑顔で歌うことが出来る "歌" ―― なのではないかと。


ただ、今の千早に笑顔で歌を歌わせるには、千早を過去の悲しみから解き放ってやらなければなりません。
そのために、765プロ全員の千早に対する気持ちを精一杯歌詞に込めて、千早に伝えようとしたのでしょう。


千早のように、全てを拒絶して世界を閉ざしてしまっている相手の心に踏み込んでいくのは、とても勇気が必要なことです。
だからこそ、それを乗り越えてまで踏み込んで来てくれる人は、本当に自分を心配してくれる人だと思います。



春香は時にお節介と思われるくらい他人との距離を縮める娘ですが、決して空気が読めないわけではありません。


だから、千早に 「お節介はやめて」 と拒絶されたことには少なからずショックを受けた筈ですが、それでも千早とずっと一緒に
居たいから、千早とみんなで一緒に歌を歌いたいから、そして何より千早にゆうの為に歌を歌ってほしいと思っていたから、
春香には千早を放っておくという選択はありえなかった。


プロデューサーが、春香の背中を力強く後押してくれたことも、春香に大きな勇気を与えてくれていたに違いありません。
これは、六話で自信を失いかけたプロデューサーの背中を、春香に優しく押してもらったことへの、プロデューサーなりの
恩返しでもあったのだと思います。



春香の提案で、765プロのアイドル達が歌を作り上げていく中、表立って千早の説得に動いたりはせず、黙々と定例ライブの
準備を進めてきたプロデューサー。美希が失踪事件を起こした際には、率先して美希の捜索に出たプロデューサーが、今回
千早の為に自分から動かなかったのは何故なんでしょうか。


確かに美希の件は、プロデューサーの浅慮な言葉も一因ではあったので、責任を取る必要があったというのもあるでしょう。
そして今回の件は、その美希の失踪事件の時の千早の言動を思い起こせば、自ずとこの行動の答えが出てくるのかなと。


美希が居なくなった時、心配する他のアイドルの中で、ただ一人千早だけは 「美希が帰ってきた時のために」 自分たちに
出来ることをしておこうと、ライブの準備を進めることを提案しました。それは、千早なりに美希を信じていたからであり、
プロデューサーが美希を連れ帰ってくると信じていたからでもあったのでしょう。



最初はプロデューサー自身も、「千早のために何かをするべき」 だと考えていたと思われます。


でも、千早のために春香が一生懸命動いていることがわかった時点で、プロデューサーは下手に動いたりせず、千早のことは
春香に任せようと思ったんじゃないかなと。迷いを見せた春香の背中を押してやって、あとは 「千早が帰ってきた時のために」
ライブの準備を進めておくことが、プロデューサーのするべきことだとの考えに至ったのかもしれません。


プロデューサーが美希を連れ戻している間、千早がそうしてくれたように。



こうして迎えた、765プロ定例ライブの本番当日。


春香たちの作ってくれた歌を歌いたいという気持ちになって、ライブ会場にやって来た千早でしたが、ステージに立って
歌を歌おうとすると浮かんでくるのは、事故の記憶 ――。千早は改めて "あの日" から自分が一歩も前へ進んでいない
ことを実感してしまいます。


千早がステージに立ち尽くした時、春香が飛び出していったのを見て律子が曲を止めようとしても、プロデューサーはそのまま
曲を続けさせる選択をしました。これは、一度全てを春香に任せた責任として、最後まで見届けてやるのがプロデューサーの
義務だと考えたからではないかなと。そしてもしそれで失敗したとしても、責任は全て自分が負う覚悟をしていたのでしょう。


過去に囚われている千早にとって、今でも歌はゆうのためを思って歌うもの。しかし、ゆうの為に歌いたいのに、ゆうのことを
思うと歌えないというジレンマ。やっぱりもう、自分の歌声をゆうに届けることは出来ないのだと諦めかけたその時、千早の耳に
聞こえてきたのは、春香の歌声でした。


ねえ、今 見つめているよ 離れていても もう涙をぬぐって笑って 一人じゃないどんな時だって
夢見ることは生きること 悲しみを越える力



歩こう 果て無い道 歌おう 空を越えて 思いが 届くように 約束しよう 前を向くこと Thank you for smile


それは春香だけではなく、765プロ全員が今の千早への思いを綴った歌。そして、過去の悲しみに囚われている千早に対して、
もう過去を乗り越え、前を向いて歩き出せることを、空の果てに居るゆうに向けて約束しようというメッセージ。


そのメッセージを受け取って、ようやく過去 (ゆう) と正面から向き合うことが出来た千早は、その時やっと気づくことが
出来たのではないでしょうか。今までゆうの為に歌っているのに、ゆうの元へ歌が届けられなかったのは、千早自身が
過去の悲しみから逃げるために、ゆうから目を背け続けていたからだということに。


鳥籠の扉は開いていたのに、千早は怖がって外へ出ようとはしなかった。ゆうはいつでもこの空で待っていてくれたのに。
そして千早が向き合ったゆうは、いつものように屈託の無い笑顔で、千早にお願いします。『歌って、お姉ちゃん』 ―― と。



その時、過去に囚われたままになっていた子供の頃の "夢" を取り戻した千早は、不思議なほど落ち着いた気持ちで
目を閉じ、大空へ飛び立つ瞬間を待ちます。過去を乗り越えて歩き出すために。大空を越えて思いを届けるために。


そして ―― 前を向くことを、ゆうに約束するために。



歩こう 果て無い道 歌おう 空を越えて 思いが 届くように 約束しよう 前を向くこと Thank you for smile


辛い過去を乗り越えて、やっと前へ歩き出すことが出来た千早を、ずっと見守り続けてきた人々が祝福します。
プロデューサーが、律子が、春香が、そして765プロのみんなが。


特に、千早の復活を春香に託したプロデューサーの 『やったぁ!』 という言葉には、全ての人々の思いが凝縮されていました。
同時に、千早の歌う姿を見て、誰もが驚いていたようです。"本当の如月千早" は、こんなにも楽しそうに歌うのだということに。


そして、"あの頃の笑顔" で約束する千早の歌声は、間違いなく空を越えてゆうの元に届いたことでしょう。



ライブで歌われたのは1番だけでしたが、もしかしたら春香たちが作詞したのは、ここまでだったのかもしれません。


エンディングで流れた2番の歌詞を見ると、これは千早からゆうに向けたメッセージのようなので、千早が書いた歌詞のように
思えます。それは、1番が 「約束しよう」 と千早に促しているのに対して、2番が 「約束するよ」 と応えていることでも感じます。


ねえ、目を 閉じれば見える 君の笑顔 聞こえてる君のその声が 笑顔見せて輝いていてと
痛みをいつか勇気へと 思い出を愛に変えて


歩こう 戻れぬ道 歌おう仲間と今 祈りを響かすように 約束するよ 夢を叶える Thank you for love


今までは目を閉じると、事故の辛い光景が浮かんできて目を背けてしまいましたが、今はゆうの笑顔と 「歌って」 という声が
聞こえてくるようになったんだと思います。それは千早が、過去を乗り越えた証だとも言えます。


そして、歩き出してしまえば、もうゆうの所へは戻れないかもしれないけれど、仲間たちと共に夢を叶えることを約束するよ、と。
今までたくさんの思い出 (愛) を、ありがとう ―― と。



エンディングでは、千早が仲間たちに愛されていることを確認したゆうが、過去の千早と共に走り去って行くのが見えます。
そして、今までならゆうと一緒に過去に囚われてしまっていた千早も、やっとゆうを見送って未来へ歩き出せたのかなと。


今回は、如月千早というアイドルを表現する方法として、これ以上ないくらい素晴らしい内容だったと思います。


幸せな時間を与えてくれたアニメスタッフさんと、素晴らしい歌を作ってくれた作詞の森由里子さん、作曲の中川浩二さん、
小林啓樹さん、そして千早に命を吹き込んでくれた今井麻美さんに、心からの感謝を。



Thank you for love



―― 第二十話 「約束」 (了)




『約束』


歌:如月千早・天海春香・星井美希・高槻やよい・萩原雪歩・菊地真
  双海亜美&真美・水瀬伊織・三浦あずさ・四条貴音・我那覇響


作詞:森由里子
作曲:NBGI(中川浩二・小林啓樹)
編曲:NBGI(小林啓樹)




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